2013年02月04日

女郎うなぎ


埼玉県比企郡小川町の

国道254号沿いにそれはある。

割烹旅館『女郎うなぎ福助』。

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今からおよそ160年前の安政2年創業。


国道254号は、東京・本郷から

埼玉県、群馬県を通って長野の松本まで

通じる古い街道で、

中山道(国道17号)と平行してのびる。

その街道沿いに建つ『福助』も創業当時は

ふつうの旅館だったらしい。

その後ウナギを扱うようになる。

お店の名前の由来がおもしろいので、

下のMemoに書いておきます。



で、前置きが長くなりましたが

ちょこちょこ前を通っていて気になっていた鰻が食べらるお店。

「ニホンウナギが絶滅危惧種に」というニュースで

にわかに意識したのかどうか、この間の休日に行ってみました。


特上のうな重にお吸い物とお漬け物がついて3000円。

高い昼食ですが、たまにはいっか。

お店部分は明治時代に建てられた木造3階建てで、

こんな個室に通されて、ゆったりと食事ができます。

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生け簀で飼われているウナギをさばいて焼いてくれるのを

時がとまったようなその部屋で、のんびり待つ。

箸置きもうなぎ。

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ちょうどその日は節分で、

裏の不動尊で花火(音だけ)を上げているとのこと。

ドーンドーンと大砲のような音が聞こえていました。

ほどなく階下から、甘く香ばしい香りが立ち上ってきました。



じゃん!

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皮の焦げ目が絶妙で、焦げ過ぎず、水っぽくもなく

肉はふわっと甘くおいしい。小骨もさわらない。

店名にもなった秘伝のたれがしみ込んだご飯も

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おいしい!

どこかへタイムスリップしたようなひとときでした。


たまにはこんなのも、いいな。


あきざる



【 女郎うなぎ 店名の由来Memo 】

今からおよそ160年前、黒船の襲来した
天保安政の頃の事です。当家の先代善兵衛の
親友某氏が、宿望の「伊勢神宮」行った帰りに
後日の思い出にと、江戸は吉原の廊に立ち寄った所、
相手の花魁があまりにも気品高く美しいのでたちまち
虜となってしまいました。そこで男は大枚を投じて
見受けをして小川の町に連れ帰ったまではよかったのですが、
我家には妻がおりますので思うにまかせず、思案に余り
当家先代の善兵衛に任せたのでした。
善兵衛は早速我家に引き取り親身も及ばぬ慈しみと
いたわりで救いの手を差しのべましたので彼女も叉、
安住の喜びに一意専心家業の手助けに忠実に働きました。
そして歳月は矢のように過ぎ去り、年を経るにつけ、
兎角病床に親しみがちであった彼女がある時、
善兵衛を枕元に招いて終生の恩返しにと花魁の生家に
伝わるという、うなぎの蒲焼きの秘法極意を教え、
これにまつまわる悲願をかなえていただきたいと
言い残して大往生を遂げたとのことです。
花魁が伝えた鰻料理なので「女郎うなぎ」と称す。





posted by 染井六 at 15:18| 東京 ☀| Comment(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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